「広島平和記念資料館」で被曝の惨状や歩みの歴史を学ぶ!展示物も紹介!

世界で随一原爆が投下された日本。その中の都市広島は、現在でも戦争の惨状と平和の大切さを広島平和記念資料館で日々訴えています。広島平和記念資料館にはどんな資料があり、どんな遺品が展示されているのか、平和への祈りをこめながら見ていきましょう。

「広島平和記念資料館」で被曝の惨状や歩みの歴史を学ぶ!展示物も紹介!のイメージ

目次

  1. 1原爆の悲惨さを伝える「広島平和記念資料館」
  2. 2「広島平和記念資料館」の歴史や概要
  3. 3「広島平和記念資料館」の展示物
  4. 4「広島平和記念資料館」と一緒に行きたいスポット
  5. 5「広島平和記念資料館」のアクセス&駐車場情報
  6. 6「広島平和記念資料館」で世界平和を祈ろう!

原爆の悲惨さを伝える「広島平和記念資料館」

今から遡る事約70年以上前1945年8月6日、広島県広島市は太平洋戦争の渦中にいました。そんな中で向かえた8月6日の朝は、セミが元気よく鳴いており、子供たちは公園や川などで遊び、女性たちは家事と子供の面倒を見ながら、愛する夫や恋人の帰りを待っていました。

そして迎えた午前8時15分。現在の原爆ドーム上空約600メートルで巨大な爆発が起こります。眩い閃光は一気に広島を覆いつくし、熱と爆風で広島市民の命と建物を一瞬にして奪っていきました。これが、後世に語り継がれる原爆の投下です。死傷者約20万人という大惨事に見舞われた広島は焦土と化し、人も建物も夢も希望も絶たれる事になりました。

この悲劇を二度と繰り返してはならない、そんな広島市民の思いから建設されたのが広島平和記念公園です。そしてその園内で原爆の悲惨さを訴えているのが「広島平和記念公園」です。

原爆と戦争について考えるスポット

恒久平和を願い、世界に必要としない核兵器を廃絶すべく、広島県が建設した広島平和記念資料館は、広島平和記念公園の園内にあります。約1時間の所要時間をかけて回る広島平和記念資料館は、被爆者の遺品や被爆当時の広島市、被爆した犠牲者の人形など原爆の悲惨さを訴える展示物が数多く揃っています。

戦争とは何か、原爆という悪魔の兵器とは何かを詳しく解説し、平和への思いがより一層高まる広島平和記念資料館を訪れて、平和という二文字について深く考えていきましょう。

「広島平和記念資料館」の歴史や概要

広島平和記念公園は、原爆が投下された中心地に建設された公園で、普段市民たちの憩いの場である公園とは毛並みが違います。広島平和記念公園内に入ると、被爆者を弔い原爆や戦争の恐ろしさやむごたらしさを学んでいく公園です。

そして、広島平和記念公園内にある広島平和記念公園資料館は、原爆と言う恐ろしさと戦争の悲惨さが詳しく解説されている施設です。建設に携わった丹下健三氏や広島平和記念資料館の歴史や概要について詳しく見ていきましょう。

1955年に丹下健三が設計し開館

広島平和記念資料館は、原爆が投下された中心地を拠点として、建築家である丹下健三氏が公園の設計を任され広島記念公園が建設される事になりますが、丹下健三氏が広島記念公園の目玉施設を強く要望して1955年に完成するに至りました。

開館当初は、広島平和会館原爆記念陳列館と名付けられ、本館のみという建物でしたが、丹下健三氏が西側には広島市公会堂、東側には広島平和記念会館を建設し、渡り廊下を介して現在の形が出来上がりました。

平和利用にために建設に携わった丹下健三氏の広島平和記念資料館は日本中に知れ渡る事となり、2006年に国の重要文化財に指定されるまでになりました。

原爆がもたらした被害を伝える

丹下健三氏が設計、建築に携わった広島平和記念資料館は、当時広島中央公民館に保管されていた被爆者の遺品や資料などを丹下健三氏が移動させて展示されていました。

そこから丹下健三氏や広島平和記念資料館の初代館長である長岡省吾氏たちの尽力により資料が増えていき、原爆がもたらした被害や被爆者の遺品に被爆した方の人形など、所要時間をたっぷりかけて原爆の恐ろしさと平和を願う展示物の見学ができる施設にまで躍進を遂げました。

2019年にリニューアル

丹下健三氏が設計、建築した広島平和記念資料館は、日本のみならず海外にまで名前が広がり、世界中から沢山の方々が訪れるようになりました。その功績が認められた丹下健三氏は、多くの国家プロジェクトに関わっていく事となります。

時代が進み、様々な技術や文化が発展を遂げていく中で、CGなどを使った原爆の再現などが可能となり、2019年丹下健三氏が完成させた広島平和記念資料館は、大幅にリニューアルされて原爆や戦争の恐ろしさをリアルに伝えられるようになりました。

被曝再現人形の展示の取りやめ

1955年に開館した広島平和記念資料館の目玉と言えば、被爆者の負傷状態などをリアルに再現した被爆者再現人形の展示物でした。いくら人形とはいえど被爆者再現人形は、当時被爆した方々から、人形とは違って被害はこんなものではないと批判を浴びてきました。

人形は顔や性別が分かるように設計されていましたが、実際は顔が焼けただれ、衣服も焼けて性別などが判別できないほど悲惨な状況だったと言われています。そして、被爆者のイメージが人形によって独り歩きされるのを防ぐ目的で、2019年のリニューアル時に被爆者再現人形は撤去される事となりました。

被曝者の視点からの原爆の表現

被爆された方々が年月を重ねるにつれ、当時の状況をリアルに解説できる方が少なくなっています。しかし、これから日本を支えていく若い方々にもっと広島平和記念資料館を通して原爆や戦争の恐ろしさを語り継いでいく必要があります。

広島平和記念資料館をリニューアルオープンするにあたり、被爆者再現人形などを撤去する変わりに、以前よりも原爆の被害を詳しく、そして分かりやすく解説していく目的で2019年にリニューアルオープンする運びとなりました。

新しくい生まれ変わった広島平和記念資料館は、被爆者再現人形よりも被爆者の視点に重きをおき、自身が原爆を実体験しているかのようなリアルな解説で多くの方が原爆と戦争、平和についてより一層深く考えるようになりました。

被爆体験講話会の開催

広島平和記念資料館では、被爆者たちの展示物などを所要時間をかけてじっくり見ていく事も大切ですが、やはり被爆者たちの生の声というのが一番心に響きます。

広島平和記念資料館では、予約が必要となりますが、被爆した方がどんな体験をしたのかを詳しく話してくれる講和会を開催しています。所要時間は比較的長めですが、お時間の許す限り被爆体験講和会に予約をして、講和を聞かれる事をおすすめします。

所要時間は約3時間ほど!

広島平和記念資料館で展示物や被爆体験講和会に予約をして講和を聞いた場合、広島平和記念資料館を一通り回るのに、どれくらいの所要時間がかかるのでしょうか。

被爆体験講和会は約1時間ほどの所要時間がかかります。そして、本館を東館などの展示物をくまなくみるとおおよそ2時間の所要時間がかかります。そのため、広島平和記念資料館をすべて見学するのに必要な所要時間は約3時間ほどとなります。

核廃絶と恒久的な平和を願う神聖な場所

所要時間が約3時間と、資料館では比較的長めに見学する事ができる広島平和記念資料館は、所要時間の長さと共に、原爆の恐ろしさや戦争がもたらす被害などを詳しく学ぶ事ができます。そして導き出される結論は、二度とこのような惨劇を繰り返さないように核兵器を世界から抹消する事、そして全世界の平和です。

愛する家族や友達などが同じ目に合うと思うと胸が張り裂けそうになります。誰も戦争はもちろん核兵器の被害にあってはならない、広島平和記念資料館は平和を守る大切さをどこよりも詳しく教えてくれます。

「広島平和記念資料館」の展示物

所要時間をたっぷりかけてみていただきたい広島平和記念資料館ですが、リニューアルした広島平和記念資料館の館内には、一体どんな展示物がありどんな資料が展示されているのかが非常に気になります。これから広島平和記念資料館の館内を予約し訪れて、広島平和記念資料館にある様々な展示物を見ていきましょう。

展示物①8月6日の惨状

リニューアルした広島平和記念資料館にある展示物、まず最初にご紹介するのは「8月6日の惨状」です。有名画家吉村吉助氏が描いた絵には、1945年8月6日の原爆が投下された人々の様子が生々しく描かれています。

絵だけではなく、写真などの資料も展示しており、被害にあった被爆者の方たちばかりではなく、救護活動に当たった医療関係者や家族の惨状まで詳しく描かれています。

原爆投下の被害を伝える

8月6日の惨状では、原爆が投下された町はこのような被害にあうというのがリアルに描かれています。1枚1枚の絵には当時の惨劇に原爆投下の瞬間、放射能を含んだ黒い雨に火災の様子など、原爆が投下された広島をありのままに伝えています。この展示物を見るだけでも、原爆の恐ろしさが伝わってきます。

展示物②魂の叫び

リニューアルした広島平和記念資料館にある展示物、続いてご紹介するのは「魂の叫び」です。原爆が投下され、熱風や火災、放射能にさらされた広島の被爆者の生の声が記録されています。「痛い、苦しい」、「どうしてこんな目に」、「私の子供はどこにいるの」、「助けてお母さん」、「熱い、水をくれ」など被爆者の感情や悲しみがリアルに伝わってきます。

亡くなった方が身に着けていた衣類を展示

魂の叫びでは、被爆者たちの生の声だけではなく、被爆して亡くなった被害者の遺品や原爆にさらされた当時の衣類などが展示されています。被爆直後に身に着けていた洋服がマネキンを使って展示されていたり、熱や爆風で破壊された遺品、親を失った原爆孤児の様子なども記録されています。

展示物③被爆前の広島

リニューアルした広島平和記念資料館にある展示物、続いてご紹介するのは「被爆前の広島」です。太平洋戦争中だった1945年以前の広島の様子が写真や資料とともに展示されています。太平洋戦争以前の日中戦争当時の広島や、大日本帝国軍に徴兵された若者、空襲に備える広島市、広島市内が空襲にあった時の様子などが展示されています。

原爆投下前の広島の様子

原爆に投下される直前の広島市は、当時の中核都市とさほど変わらない賑やかな街でもありました。戦争により物資が底をつき、広島を始めとした日本は貧困と飢えに苦しみましたが、それでも日本の勝利を、明日を、未来を信じ続けてきた広島が写真と共に展示されています。

展示物④広島の復興 さまざまな支援

リニューアルした広島平和記念資料館にある展示物、最後にご紹介するのは「広島の復興 さまざまな支援」です。原爆直後の広島は正に地獄絵図といった言葉がふさわしいほど悲惨な状況に追い込まれましたが、生き残った広島市民や国内外の協力で、現在の広島市が復活を遂げるまでの様子をリアルに伝えています。

市民が広島の復興のために立ち上がる!

原爆が投下されてから、自分たちの生活を1日でも早く取り戻そうと、広島市民一人一人が手を取り合い、町の復興に全力を注ぎます。

国内外からも多くの人員や物資が支援され、1949年に広島平和記念都市建設法が制定されたのを皮切りに、復興のスピードは加速度を増していきます。こうして年月を追うごとに広島市が整備され、人口100万人をこえる政令指定都市にまで躍進を遂げました。

展示物⑤平和な世界をつくる

人口100万人を超える政令指定都市になった広島市ですが、彼らの戦いはまだ終わったわけではありません。原爆の被害にあい、放射能や爆風、火災を直に浴びた苦しみや悲惨さを後世に語り継ぎ、二度とこのような事は許してはならないという訴えを全世界に広めていく事です。

復興が加速し、広島市民の生活が元に戻っても、1945年8月6日に失った生命と時間は二度と元には戻りません。しかし、時間が動き出した広島は課せられた全世界に平和をもたらすミッションを脈々と受け継いでいます。

被爆者の想いを受け継いでいく決意

失った時間を取り戻すべく、広島市民の方々が課せられた使命、それは被爆者の想いや無念を晴らしてあげる事です。志半ばで命を落とした方もいれば、成長をする前に亡くなってしまった子供たちの想いはただ一つ、原爆のような悲しみを二度と起こさせないでほしい、この一点です。

彼らの想いを受け継いだ方々は、次なる人へバトンを渡すべく、核兵器廃絶と世界平和を訴え続けています。

「広島平和記念資料館」と一緒に行きたいスポット

広島平和記念資料館では、原爆の恐ろしさに戦争が起こす惨劇をリアルに伝える、平和への想いが強くなっていく施設です。広島平和記念資料館は、広島平和記念公園の園内にありますが、広島平和記念公園には、平和を訴えるスポットがいくつも存在しています。広島平和記念資料館の後に見ていただきたいおすすめのスポットへと足を運んでみましょう。

①原爆ドーム

広島平和記念資料館の後に見ていただきたいスポットは、世界遺産に登録されている原爆ドームが一番のおすすめです。元々は広島県産業奨励館として活動をしてきた建物ですが、広島県産業奨励館の上空約600メートルで原爆が爆発し、多くの被害がもたらされた、原爆の爆心地となる場所です。

爆発地点が丁度真上で威力が分散されたことと、当時としては頑丈な設計であったために全損を免れた建物の一つです。補修作業を繰り返しながら大切に保管されており、多くの日本人観光客や外国人観光客が訪れる、広島屈指の平和スポットとなっています。料金は無料でいつでも見学が可能です。

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②平和の鐘

広島平和記念公園内には、平和を願って鐘が鳴らせる平和の鐘があります。原爆被災者広島悲願結晶の会の方々が建立し、世界は一つをコンセプトに国境のない世界地図が描かれています。撞座には原子力のマークと、鐘を突く時の人々の想いが映し出せるように鏡が配置されています。料金は無料で見学が可能です。

③平和の灯

広島市で、原爆被爆者の慰霊が催される時、テレビなどで必ず映るのが平和の灯です。丹下健三氏が設計し、灯の周りは手首を広げて空に向かって広げている形をモニュメントにしており、絶えず火が灯されている灯りです。平和式典などの行事では広島の灯が使用され、平和のシンボルとして今日も灯りを灯します。料金は無料ですが係員の指示に従って見学をしましょう。

「広島平和記念資料館」のアクセス&駐車場情報

広島平和記念資料館で原爆の恐ろしさや戦争の惨劇を見学し、平和への想いをより強くするために予約をして見学に向かいましょう。そのためには、予約の方法や広島平和記念資料館の料金アクセス方法を知っておいた方が便利です。お車で来られる方のために駐車場や料金の情報もご案内していきます。

アクセス情報

広島平和記念資料館へアクセスするのにおすすめの交通手段と言えば広島が誇る路面電車です。広島駅の電停から、2号線か6号線の電車に乗り、約16分ほどで原爆ドーム前電停に到着します。目の前は原爆ドームになっており、左手に広島平和記念公園の入り口があります。

駐車場は?

広島平和記念資料館まで車で来られた方は、車はどこに駐車すれば良いのでしょうか。残念ながら広島平和記念資料館では専用の駐車場は用意しておりません。平和通りにある有料の駐車場などで料金を支払って車を駐車する事になりますのでご注意ください。

入場料金や時間は?

広島平和記念資料館で平和を考えるべく、原爆や戦争の恐ろしさをぜひ学んでおきたい所ですが、入場するための料金はいくらかかるのでしょうか。

広島平和記念資料館の入場料金は、大人1名200円、高校生は1名100円の料金、中学生以下は料金は発生しません。高校生に関しては週末と大型連休、各種長期休みを除いた土曜日は料金がかかりません。開館時間は朝8時30分からで、3月から7月と9月から11月は夕方6時まで、8月は夕方7時まで、12月から翌年2月は夕方5時までの開館時間となっています。

予約方法

広島平和記念資料館は予約が必須の施設となっています。見学当日の1年前から3日前まで予約が可能となっていますので、必ず予約をしてから広島平和記念資料館を訪れるようにしましょう。広島平和記念資料館の予約方法は、ホームページ内にある「広島平和記念資料館見学予約システム」から予約が可能となっています。

「広島平和記念資料館」の基本情報

住所 〒730-0811 広島県広島市中区中島町1−2
電話番号 082-241-4004
開館時間 8:30~18:00
休館日 ・12月30日
・12月31日
入場料 ・大人200円
・高校生100円
・中学生以下無料
アクセス 広島電鉄原爆ドーム前より徒歩約10分
駐車場 無し
URL 公式サイト

「広島平和記念資料館」で世界平和を祈ろう!

1945年8月6日、この日広島県は一発の原子爆弾によって全てを奪われました。時間が止まってしまった広島市は再び時計の針を動かそうと懸命に努力をし、現在は中国地方トップの人口と経済力を取り戻すまでに躍進を遂げました。

建物や技術が発展しても、未だなお広島の方たちは平和への思いを捨てずに活動を続けています。その思いが形となったのが広島平和記念公園であり広島平和記念資料館です。平和を訴え続ける彼らは広島平和記念公園に集結し、平和への思いが弱くなった時は広島平和記念資料館を訪れます。

今や文明が発達し、少し忘れかけている平和への願いと核廃絶。広島平和記念資料館を訪れれば、必ず平和の大切さや戦争を起こさない、起こさせない願いを強く持つでしょう。世界平和は一人一人の大切なミッションです。広島平和記念資料館はそのことを忘れさせない大切な施設でもあります。

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この記事のライター
MrPatariro
サッカー、ライブ大好きで全国を飛び回っています。ついでに旅行と観光、グルメも楽しんでいます。

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