チビチリガマは集団自決の悲劇のスポット!荒らし事件や心霊現象とは?

沖縄戦でたくさんの活躍をしたチビチリガマやシムクガマを始めとするガマですが、チビチリガマは悲劇の集団自決がおきた場所としても有名です。悲しい歴史があるチビチリガマ、今回はシムクガマも含めて心霊の噂や荒らしの事件についても詳しくご紹介していきましょう。

チビチリガマは集団自決の悲劇のスポット!荒らし事件や心霊現象とは?のイメージ

目次

  1. 1悲劇の歴史を持つ場所「チビチリガマ」
  2. 2「チビチリガマ」の概要について
  3. 3「チビチリガマ」の悲しい歴史の詳細
  4. 4「チビチリガマ」の荒らし事件とは?
  5. 5「チビチリガマ」で噂の心霊現象
  6. 6チビチリガマは平和を祈る場所!

悲劇の歴史を持つ場所「チビチリガマ」

沖縄では第2次世界大戦の末期、太平洋戦争中に沖縄に上陸したアメリカ兵から身を守るため、ガマと呼ばれる場所に身を隠していました。そのうちの1つで読谷村のチビチリガマでは悲劇の集団自決が行われた悲しい歴史があります。

遺族にとっても国民にとっても悲しい歴史があった場所にも関わらず、チビチリガマの荒らし事件があったこともあり今は入ることができなくなっているチビチリガマは不本意にも自決するしかなかった心霊の噂も絶えない場所です。

沖縄県の読谷村にあるガマ

沖縄南部には多数存在したガマは戦争が進むとたくさんの人々が親子、兄弟、肉親を連れて避難していたそうです。最高で140人近くがチビチリガマには居たそうです。他にもこの地域には多くのガマが存在しています。

近くにあるシムクガマには多い時で1,000人も収容できたそうで、かなり多くの人が集まりお互いに助け合いながら避難していたそうです。

ガマとは?

ガマとは洞窟という意味でもあり、自然洞窟または自然郷とも呼ばれています。戦争中には、避難所としてはもちろん、負傷兵に治療を行う野戦病院としても利用されていました。また沖縄では1960年ごろまで遺体をそのまま放置し自然に返す風葬にもガマを利用していたそうです。

ガマについてまず知りたい方はこちら!
沖縄で有名な「ガマ」とは?戦争の歴史や心霊情報・見学ポイントを解説!

「チビチリガマ」の基本情報

【名称】 チビチリガマ
【住所】 〒904-0322 沖縄県中頭郡読谷村字波平1153
【アクセス】 那覇空港から車で約1時間
【電話番号】 098-958-6494
【URL】 公式サイト
【営業時間】 24時間
【駐車場】 あり(無料)

「チビチリガマ」の概要について

チビチリガマは第2次世界大戦末期の沖縄戦で多くの住民や日本兵の避難場所としてたくさんの人々が身を寄せていました。しかし、アメリカ兵が沖縄に上陸し周りを包囲された人々は辱めを受けるくらいならと集団自決し、チビチリガマでは82人が亡くなったそうです。

多い時は140人程が避難していたようです。ただ中は自分の手も見えないほどの暗闇でひしめき合いながら息を潜めていたそうで、子供が多くいたため肩身が狭い思いをした人も多かったようです。

名前の由来と場所

チビチリガマの名前の由来はチビ=尻、チリ=切るという意味です。浅い谷底にあるチビチリガマには小さな川が流れ込んでいて、ガマにたどり着くと地下へと流れ込み、川の最後がわからなくなることからチビチリガマと呼ばれるようになりました。

戦争中は避難場所として使用

沖縄戦も激化し、巻き込まれそうになった住民はこのチビチリガマや他にも多数あった場所ガマを避難場所として利用するようになりました。またたくさん人が収容できるガマでは避難場所としてはもちろん、負傷兵や住民を助け治療する野戦病院としての役割も果たしていました。

戦争中に集団自決が行われた

沖縄戦末期、アメリカ兵が上陸し降伏を求めてきましたが、人々は日本軍の洗脳と実際に一部のアメリカ兵が行っていた惨殺の事実の中で辱めを受けたり惨殺されるくらいならと集団自決の道を選びました。それはもう地獄絵図のようだったそうです。

読谷村波平にはもう一つシムクガマがある

チビチリガマがある読谷村にはもう一つ大きなガマがありました。そこはシムクガマと呼ばれ多い時は約1,000人ほどの人が避難場所として利用していました。チビチリガマからは約600mほどしか離れていない場所にあり、今でも見学することが可能です。

シムクガマは自決者がいなかった

チビチリガマのすぐ近くのシムクガマでも同じようにアメリカ兵の沖縄上陸でパニックが起きます。人数も多かったため不安に思う人はたくさんいました。しかし、ハワイから移民してきた人が居たためパニックは続きませんでした。

英語のわかる沖縄島民の活躍によりアメリカ兵の言っていることを通訳してくれたのです。スムーズに救済も行われ、誰も死なずにみんな助けてもらえることを確認することができました。幸いにもチビチリガマのような集団自決は起きませんでした

心霊スポットで肝試しに来る人も多数いた

たくさんの方が不本意な死を遂げたチビチリガマでは暗くて怖い心霊スポットとして、面白半分に肝試しをしに来る人も残念ながら多くいました。不本意な死を遂げた多くの沖縄の住民がもしかすると今も苦しんでいて心霊の噂が止まないのかもしれません。

悲しいことにチビチリガマ荒らしの事件をきっかけに今はかなり減りましたが、未だに集団自決の悲劇を知らない人も多いためシムクガマを含めて心霊スポットと言って訪れる人はゼロにはなっていません。

現在は遺族会の意思により入壕禁止

現在は肉親が亡くなった場所を荒らしてほしくない、足を踏み入れてほしくないという遺族会の意向によりチビチリガマの中に入ることは出来ません。歴史を伝える意味でもこの集団自決を知ってほしい反面、遊び半分には来てほしくないという強い気持ちでの決断だったそうです。

また、もうチビチリガマはただの歴史的な場所ではなくシムクガマも含め、沖縄戦で苦しんだ人々のお墓でもあるシムクガマという認識があります。必ず訪れる際は慰霊の心を持って行くようにしましょう。

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「チビチリガマ」の悲しい歴史の詳細

チビチリガマは沖縄戦の末期各地で起こってしまった集団自決を語る上で外せない場所の1つです。肉親親戚同士での殺害はそれはもう悲劇でしかありませんでした。お年寄りもいましたが、若い家族連れや小さい子供が半数を占めるほどでした。

大好きな、大切な家族とともに自決する道を選ぶのはかなり苦しかったようです。実際にはどんな状況だったのでしょうか。詳しくみていきましょう。

1945年4月2日に集団自決が行われる

1945年4月1日、アメリカ兵が沖縄本土に上陸しチビチリガマに避難していた人々に降伏を求めました。しかし、日本軍からの洗脳と一部のアメリカ兵による惨殺の話を聞いていた住民たちは、捕まって辱めを受けたり惨殺されるくらいならと集団自決の道を選びました。

最初は元日本兵のおじいさんがすぐ自決しようと、チビチリガマの入り口で布団を燃やし一酸化炭素中毒で集団自決させようとするも、4人の女性によって阻止されました。

自決者数は82名で過半数が子供だった

チビチリガマで最初の自決は母親が娘を殺害、その後すぐに息子も殺害しました。それをきっかけに、自分も、そして我が子や肉親にもそんな辱めを受ける思いをさせたくないと思った人々は18歳以下の未来があるにも関わらず、子供たちを殺してしまうのでした。

かわいい我が子を涙ながらに殺して、自分も死ぬという道を選んだ住民がほとんどだったので集団自決の被害にあったのは半数以上が子供でした。

アメリカ軍が説得も応じず

アメリカ兵はチビチリガマを取り囲み、始めはデテコイと片言の日本語で説得を試みました。しかし、住民の中から3人が降伏したらいけないと言って竹やりを持って反撃し、驚いたアメリカ兵はやむなくそのうち2人を殺害したそうです。

その後言葉が通じない沖縄住民に対し、安心して出てきなさい、殺しませんというビラと一緒に缶詰やチョコレートなどをチビチリガマの中に入り配るも見てはいけない、食べ物には毒が入っているという元日本兵の言葉を住民は信じたそうです。

当時住民は捕まったら殺されると信じていた

アメリカ兵残忍で畜生だと洗脳されていた住民たちは、救済しようとしてくれているにも関わらずその要求に応じませんでした。中では元日本兵の老人がアメリカ兵に捕まるくらいなら死んだ方が国のためになるとみんなを説得していたそうです。

また実際に中国での戦争で一部のアメリカ兵が遺体を八つ裂きにするなどの猟奇的な行為に及んでいた事実もあったため、住民は元日本兵の言葉を信じるほかなかったのでした。

家族同士で殺しあう凄惨な状況だった

竹やりで攻撃して生き残った人は25歳の女性で、外はアメリカ兵でいっぱい、もう死ぬしかないと言ったのをきっかけに、親は子供に辱めを受けさせないためにと包丁で刺して殺害するという凄惨な集団自決が始まったそうです。

その時まだ8歳だった少女はチビチリガマで見た時のことをそれはもう考えられないほどの光景だったと語りました。自分も死にたかったが、苦しかったため外に出るとアメリカ兵に収容されて助かったそうです。

毒薬や布団に火を付けて死のうとした人も!

ある看護師の女性は毒薬を持っており、苦しまずに死ねると言って自分の肉親や親戚に注射していき約15人を殺害し、最後に自分にも注射し亡くなったそうです。あんなに楽に死ねるならと、注射を持っていた女性のもとには行列が出来たそうです。

全員で死のうと行った元日本兵の人はやはり全員で死のうと布団を燃やし入り口に置いて全員で集団自決しようとしました。しかし、あまりにも苦しく、絶えきれなかった人々はもうアメリカ兵に殺されるしか無いとガマを出たところ救済されたそうです。

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「チビチリガマ」の荒らし事件とは?

チビチリガマは沖縄戦争で集団自決がという悲劇が起こった歴史的な場所として有名ですが、少年4人が心霊スポットとして面白半分に立ち入り、肝試しをしに行き、看板や遺跡を壊すという事件を起こしました

2017年9月にガマが荒らされる事件が発生

2017年9月にチビチリガマという沖縄戦の記憶を象徴する場所でチビチリガマ荒らしという事件が発生しました。少年4人は、心霊スポットでの肝試しをするつもりで、集団自決で亡くなった方が眠るチビチリガマに入り遺跡を壊したり、人骨を踏みつけたりしたのです。

看板が引き抜かれ像の石垣が破壊された

平和が続くように、チビチリガマで起きた悲劇が絶対繰り返されないようにと願う遺族会が立てた平和と書かれた看板も壊されていました。平和の像が飾ってある石垣も何かで叩き子をされており、それは悲惨な状態でした。

チビチリガマもシムクガマも読谷村において沖縄戦での歴史的事件を伝える、記憶として留めるための場所なのに非常に残念な行為でした。

遺骨がある場所も荒らされていた

戦争中、避難していた住民や兵士が水を汲んだり、飲んだりするのに使っていたであろう瓶や器なども踏みつけられて割られていました。また、集団自決で亡くなった方の遺骨が入っている骨壷や人骨が置いてある場所まで荒らしてあったそうです。

昔は風葬などの習慣があったため、沖縄戦だけでなく今までここで亡くなった人への侮辱行為で、遺族会の中からはどうしてこんなことをするのか全く気持ちがわからないと強い怒りを示しました。

逮捕された犯人は沖縄に住む十代の少年4人

沖縄の歴史ある遺跡を荒らした、チビチリガマの器物破損の疑いで逮捕されたのは沖縄中部に住む16歳〜19歳の少年4人でした。中にはここチビチリガマで起きた悲劇の集団自決やシムクガマでの歴史を知らないままここを荒らした少年もいました。

ただ、この事件を知らなかったからといって荒らして良いことはありません。今後は同じ悲劇が起きないように祈るばかりです。

動機は肝試しで気分が高揚したため

少年たちはまさかこのような事件になるとは考えておらず、その動機はチビチリガマは有名な心霊スポットで、みんなで盛り上がり肝試しに行ったところ気分が高揚し、その場のノリで千羽鶴を引きちぎったり暴れたりしてしまったという悲しく虚しいものでした。

少年らは保護観察処分

逮捕された少年たちでしたが、まだ未成年ということもあり保護観察処分となりました。しかし、どんなに反省しても悔やんでも、遺族の人にとって大切に守っていきたい場所を荒らし、壊してしまったものはもう元に戻りません。もう二度とこのようなことが起きないようにして行きたいですね。

「チビチリガマ」で噂の心霊現象

チビチリガマでは悲しいことにまだ小さかった命もたくさん亡くなっていることや、夫が妻を、妻が子供を殺害するなどまさに地獄絵図のような悲劇が起きた沖縄戦の歴史を語る上で忘れられない場所です。そのせいもあってか悲しいことに心霊の噂も多くあります。

心霊現象①赤ちゃんの泣き声が聞こえる

沖縄戦の中、たくさんの人が苦しみながら集団自決した場所チビチリガマでは昼でも夜でも時間関係なく赤ちゃんの鳴き声が聞こえてくることがあるそうです。本来なら未来があった小さな命は今でもチビチリガマで苦しみ続けているのかもしれません。

心霊現象②車の窓に小さな手形がつく

また夜チビチリガマに車で訪れると、車の窓に何かにすがるようにベッタリとくっつく小さな手形がついていたという心霊現象も起きることがあるそうです。やはり苦しみながらわけも分からずに亡くなっていった小さな子どもたちを慰霊するためにもしっかりと祈りを捧げる必要があります。

心霊現象③夜になるとうめき声が聞こえる

チビチリガマはとにかく集団自決が起こっただけではなく戦争、また洗脳の恐ろしさを思い知らされる歴史的悲劇が起きた場所でもあります。煙を焚いて亡くなった方は相当苦しんで亡くなったと言われています。そのため夜にはうめき声が響いているとも言われています。

チビチリガマは平和を祈る場所!

今回はチビチリガマについて詳しくご紹介していきました。沖縄戦では島民の約1/4でもある15万人が犠牲になったとも言われています。2017年の事件を見ても分かる通り戦争の歴史や悲劇をもっともっと若い世代が知るべきですよね。

心霊スポットや肝試しの有名なスポットとも言われるチビチリガマですが、多くの人が苦しんで亡くなっていて、その人達を想う遺族の気持ちを考えたらもう心霊スポットというのはおかしいとわかってもらえるのではないでしょうか。

ぜひチビチリガマを訪れた際は、心霊ではなく、慰霊の心をもって平和について考えてみることをおすすめします。

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この記事のライター
野口絵理奈
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