「秋田城」で城跡や歴史資料館を巡る!発掘された古代の水洗トイレとは?

秋田には隠れた観光スポット「秋田城跡史跡公園」があります。秋田城は私達のよく知る日本城よりもはるかに古い時代のものです。さらに驚くべきことに当時秋田城には水洗トイレがあったそうです。秋田城跡と歴史資料館と共に古代の歴史に思いをはせるのはいかがでしょうか?

「秋田城」で城跡や歴史資料館を巡る!発掘された古代の水洗トイレとは?のイメージ

目次

  1. 1秋田城とは
  2. 2秋田城の歴史
  3. 3秋田城の見どころ
  4. 4秋田城跡歴史資料館の見どころ
  5. 5歴史的価値の高い秋田城を1度は訪れてみよう!

秋田城とは

秋田城とは、奈良時代から平安時代に建設された対蝦夷用城柵のことを言います。そもそも城柵というのは、大和政権が行った東北地域征服の際に、東北地方に住んでいた蝦夷と戦うための、その拠点として建てた施設のことです。

最北にある古代城柵

大和政権が行った東北征服の際、東北各地に秋田城と同じくいくつもの城柵が置かれましたが、秋田城はその中で最も北に位置する城柵として有名です。

当時の呼び名は「出羽柵」

この秋田の地に遷された当時の733年は、秋田城は「出羽柵(いではのき)」と呼ばれていたそうです。秋田城と呼ばれるようになったのは、760年頃からと言われています。

秋田城へのアクセス

ここでは秋田城への、バスでのアクセス方法と、駐車場情報をご紹介します。バスでのアクセスはもちろんのこと、車でのアクセスでもスムーズになっています。ぜひ参考にして足を運んでみてください。

JR秋田駅からはバスで20分

バスでのアクセスは、JR秋田駅から約20分かかります。秋田中央交通バスの「将軍野線」または「寺内経由土崎線」のバスに乗り、バス停「秋田城跡歴史資料館前」で下車してください。そこから徒歩3分で秋田城に着きます。

駐車場は史跡公園に40台と資料館側駐車場に40台

秋田城へは車でもスムーズにアクセスすることができます。その際駐車場は史跡公園管理棟側に40台、資料館側に40台と計80台駐車スペースがあり、大型バスも駐車可能です。

秋田城の歴史

秋田城は想像をはるかに超える、日本の古代から様々な役割を担っていました。そんな秋田城の歴史を紐解いていきたいと思います。

奈良時代後期から平安時代にかけて造営

秋田城は奈良時代に建てられ、その後の平安時代、10世紀中頃まで対蝦夷用の城柵としての役割を維持していたと考えられています。その間蝦夷に攻め落とされたこともありましたが、当時の秋田城の地方官により立て直されています。しかし10世紀後半になると、秋田城は城柵としての役割を終えます。

行政機関や軍事機関としても重要な役割

秋田城は、城柵としての役割だけではなく、行政機関や軍事機関としての役割を担っていたことが出土品から考えられます。

現在の市役所、県庁と同じように戸籍の作成や税の徴収などを行っていたとされることがわかる行政書類の出土や、また蝦夷と対峙するためや、有事の際には治安を守れるように警察のような役割を担っていたことも、当時の武器や武具の出土からわかります。

中国や渤海国などの交易・交流の拠点

また秋田城は、発掘された出土品から中国東北部にある渤海国との交流をしていたことが考えられます。発見された記録から、渤海国は6回ほど来着しているそうです。

また渤海国との交流を裏付ける決定的な理由として、水洗便所から発見された寄生虫です。当時の日本では食べる習慣のなかった豚の寄生虫の発見により、秋田城が渤海国との交易・交流の拠点とされていたことがわかりました。

1939年(昭和14年)に国の史跡に指定

秋田城は、その発見された出土品や遺跡から、歴史・学術上価値の高いものとして、1939年(昭和14年)に国の史跡に指定されました。

現在は秋田城跡・高清水公園になっている

かつて東北の行政、軍事、交易の拠点となった秋田城は、現在では秋田城跡史跡公園として、秋田城の外郭である東門を中心に整備された高清水公園になっています。

秋田城跡のマスコット「秋麻呂くん」も誕生!

そんな秋田城跡にはマスコットキャラクター、秋麻呂(あきまろ)くんがいます。都から秋田城にやってきた貴族の若者で、秋田の「秋」に、当時の貴族や役人などにつけられていた「麻呂」という名前を足して、「秋麻呂」くんになったそうです。

秋麻呂くんは大好きな秋田城、そして秋田のために毎日がんばっているそうなので、ぜひ応援してあげてください。

秋田城の見どころ

私たちがよく知っている日本城とは、その大半が戦国時代のものであったり、江戸時代のものですが、秋田城はそれよりもはるか昔から存在している古代の城です。そんな秋田城の見所をいくつか紹介します。

見どころ①古代の水洗トイレ

秋田城には、当時としては画期的な水洗トイレがありました。現在秋田城跡には当時の復元した水洗トイレが展示されています。このトイレは当時の秋田城内の施設で特に優れた構造から、渤海国から来た際の来客用として使用されていたのではないかと考えられています。

正式名称は水洗厠舎で奈良時代後期から使用

この水洗トイレ、正式名称は水洗厠舎で、8世紀中頃から9世紀のはじめの奈良時代後期から使われていたものになります。

直径が約45センチのパイプ状の形状

当時の便器は直径が45センチの筒状でした。その筒状の便器に長さ約6メートルの、配管の役割をしていたとされるパイプをつなげ、それを地中に埋めた構造になっていました。

ゆるい傾斜を利用して手元に置いてある甕(かめ)に入れてある水で排泄物を流した後、トイレのある建物の外にある沈殿槽に溜り、上澄みだけが建物の外に隣接している沼地に流れ出る自然の地形を利用した、当時としては画期的な仕組みになっています。一説によると渤海国と交流している中で教えてもらった技術ではないかとも言われています。

現在は復元されたものを展示

当時の水洗トイレは、平安時代に取り壊されてしまったので、現在は復元したものが展示されています。掘立柱建物、三つの便器、木樋(管や溝)、沈殿槽、目隠し塀から形成されています。また現代で言うトイレットペーパーに該当する「糞べら」も展示されており、水を流す体験のみできるようになっています

見どころ②東門と築地塀

かつて秋田城には東西南北にそれぞれ門があったとされていますが、実際に発掘されたのが東門、南門、西門のみになっており、その内の東門と外郭(外囲い)である延長45メートルの築地塀が復元されたものが建っています。

外郭の東門は秋田城の顔!

秋田城跡史跡公園の中でも、現代に約1,200年の時を超えて復元された外郭の東門は一際存在感があり、秋田城跡地の顔になっています。冬には秋田は雪が降るので、白い雪と東門の赤い色のコントラストがとても美しいです。

築地塀は全周2.2kmの瓦が葺かれた壮麗な塀

秋田城は内側の区画の政庁(政務を取り扱う役所)と、外側の区画の外郭(外の囲い)の二重構造になっています。外郭は瓦が葺かれた土塀で作られており、これを築地塀と言います。その外郭の築地塀は全周2.2キロメートルあったとされています。

建設された当時の築地塀には瓦が葺かれていました。そもそも当時、瓦は大和政権の権威を示す象徴的な建築部材とされていたので、特別な建物にしか使われなかったそうです。

秋田城跡歴史資料館の見どころ

秋田城跡史跡公園の中には、秋田城跡歴史資料館があります。ここでは秋田城に関する遺跡や資料を見ることができ、秋田城について学べる充実した内容になっています。そんな秋田城跡歴史資料館の見どころを紹介します。

秋田城の発掘物や貴重な資料を公開!

ここでは、秋田城跡地から発掘された遺跡や資料が展示されています。この発掘によって秋田城が当時どのような役割を担っていたのかが解明されました。ここではそのような貴重な展示をゆっくり見てまわることが出来ます。

展示室が4つに映像展示室と情報コーナーがある

秋田城跡歴史資料館は4つの展示室と、見て学べる映像展示室、最後に情報コーナーという順路になっています。以下で一つ一つの展示室の見どころを紹介していきます。

見どころ①展示室1の漆紙文書の謎

展示室1には、漆紙文書(うるしがみもんじょ)が展示してあります。漆紙文書とは、使用済みの捨てる文書を漆の入った壺の蓋として使用し、その際漆が染み込んだことによって今日まで腐らずに地中に残っていた資料のことをいいます。

展示してある漆紙文書は、一見何も書いていないただの黒い皮のように見えますが、驚くべきことに、赤外線カメラでみると文字が浮かび上がるのです。それによって当時の秋田城あてに届いた手紙だということが新たにわかりました。

見どころ②展示室2の秋田城とは?秋田城を追う!

展示室2では、秋田城成り立ちの謎を歴史学、考古学を用いて、その存在を追い続けてきた過程が紹介されています。秋田城跡地から井戸が出土し、その井戸の中に入っていた木簡に書かれていた内容により、この地こそが秋田城なのだという証明がされたとされています。

見どころ③展示室3の古代秋田城あらわる!

展示室3では、これまでの発掘調査によって明らかになってきた当時の秋田城跡全体模型が、500分の1スケールで展示してあります。またこの模型を用いて秋田城の解説もしています。

展示室3では瓦の実物を展示しており、瓦が当時大和政権下の特別な建物にしか使用されていない歴史からすると、当時の秋田城が大和政権の力を誇示する役割も担っていたことが見てわかります。

見どころ④展示室4の発掘された秋田城

展示室4には、秋田城跡から発掘された様々な出土品が展示されています。兵士の武器や武具をはじめ、秋田城で生活していた人達の使っていた土器や貨幣、また占いに使用されたとされる「ケガレ」を祓うまじないの道具なども展示してあり、見どころ満載です。

見どころ⑤展示室4の赤外線カメラコーナー

また同じく展示室4には「赤外線カメラコーナー」があります。これは赤外線カメラでないと見えない漆紙文書や木簡の文字を見ることができる全国で唯一の場所になっています。椅子もあるので、人が少ない日に行った際にゆっくりと古代の文章を読んでみるのも良いかもしれませんね。

見どころ⑥映像展示室の「古代交流の結節点 秋田」映像

秋田城跡歴史資料館には見て学べる映像コーナーがあります。ここでは当時、古代日本において渤海国など各地との交流の中継地点となっていた秋田城の役割を映像で紹介しています

見どころ⑦情報コーナーでは図書閲覧や情報検索などができる

順路最後の情報コーナーでは、秋田城関係の情報検索や本の閲覧できたり、最新の発掘調査の成果を見ることができます。また秋田城跡史跡公園の案内もここで見ることができますので、活用してみることをおすすめします。

【名称】 秋田城跡歴史資料館
【住所】 〒011-0907 秋田市寺内焼山9番6号
【アクセス】 ・JR秋田駅からバスで約20分、「秋田城歴史資料館前」下車
バス停から徒歩2分
・秋田自動車道秋田北ICから車で約15分
【料金】 ・一般 210円
・団体(20名以上) 160円
・高校生以下 無料
・身体障がい者手帳、療育手帳または
精神障がい者保健福祉手帳の交付を受けている方、
およびその介護をする方一名は手帳の提示により無料
【公式ホームページ】 https://www.city.akita.lg.jp/kanko/kanrenshisetsu/
1003616/index.html
【備考】 開館時間:午前9時から午後4時30分まで
休館日:年末年始(12月29日から1月3日まで)

歴史的価値の高い秋田城を1度は訪れてみよう!

私達の想像よりはるかに昔からある「秋田城」。約1,200年前の秋田城は多くの役割を担って存在していたことが出土品からわかります。その時代にはもう水洗トイレが日本で使用されていたことは、とても驚きですね。

また最新の展示方法による新しい見方もできるので、ぜひ秋田に行った際は足を運んでみることをおすすめします。古代の歴史を肌で感じることができること間違いなしです

秋田城の基本情報

【名称】 秋田城跡史跡公園(高清水公園)
【住所】 〒011-0907 秋田県秋田市寺内大畑
【アクセス】 ・JR秋田駅よりバスで20分
・秋田自動車道秋田北ICより約15分
【料金】 無料
【公式ホームページ】 https://www.city.akita.lg.jp/kanko/kanrenshisetsu/
1003616/1002308.html
【備考】 4月1日から11月30日(午前9時から午後4時まで)
まで毎日、「秋田城跡ボランティアガイドの会」が
史跡公園管理棟に待機しています。

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この記事のライター
Natsumi0723
古事記や日本史に関わる神社仏閣などの観光スポットが好きで、思い立ったらすぐ計画を立てます。海外での2ヶ月キャンプ生...

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